2015
07.08
Musical head7

マネなんかじゃない!自分だけの音楽を表現するという苦悩

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ふと、頭の中に浮かび上がったメロディー。

よし、この曲を作品にしよう!と思い立ち、曲が完成。

「この曲、誰かの〜の曲に似てない?」

なんて言われてしまったことはないだろうか?

確かに、作曲後、自分でもそう感じることもあったりして…。

その自作曲を作る前に聞いていた曲や、自分の頭に強く印象を与えた音楽が残っていることは確かに、よくあることだ。

しかし、どこかでその人の音楽性は幼い頃から、あるいは長く親しんできた音楽により形成されていくと聞いたことがある。

その、性質は確かに間違っていないと思う。

では、作曲する上で類似と盗作の境界線はどこにあるのだろうか?

 

Pharell WilliamsとRobin Thickeに掛けられた盗作疑惑

 

近年でも、たくさんの盗作の容疑が掛けられ、裁判で戦っているアーティストはたくさんいる。

 

一番記憶に新しいのはPharell Williams氏とRobin Thicke氏の共作で発表をした『Blurred Lines』の件ではないだろうか?

 

【動画】 Robin Thicke – Blurred Lines ft. T.I., Pharrell

 

この曲でMarvin Gayeの『Got to Give It Up』の盗作を、二人は疑われ、Gaye氏の家族から訴訟をおこされてしまったのである。

 

【動画】 GOT TO GIVE IT UP – MARVIN GAYE

 

 

確かに以前から、Williams氏とThicke氏はGaye氏が大好きなアーティストであることを公に話している。また、今回のこの曲も“『Got to Give It Up』のような曲をつくらない?”という感じからスタートしたということも公表している。なにも、“この曲、盗作しちゃおうぜ!”と話が始まったわけではないという事だ。

 

そして、Williams氏は「演奏してみればコードも全く違う。盗作ではないということは明らかだ」と盗作容疑を否認している。

 

先に述べたように人は皆、聞いてきた音楽に影響を受け、そして好きなものも、嫌いなものもそれによって決まっていくのだ。

 

盗作の境界線はどこに引けばよいのだろうか?

 

この2人の盗作容疑事件はこの『盗作の境界線はどこに引けば良いのだろうか?』というテーマの代表例だと思う。

誰かの曲を聞いて大好きになり、インスパイアされたのなら、自身もいつか、人々をこんな気持ちにさせたい!と考えるはずだ。

そして人々を、そのようにインスパイアできるよう、曲作りをする。

雰囲気が似ている曲は、世の中にいっぱいある。

そして、それが全て盗作容疑を掛けられているのかといえば、そんなことはない。また、コード進行が全く同じなのに、盗作だと言われる曲もなかったりする。

この違いは何なのだろうか?

 

Young guitar performer

(image : iStock)

 

では、例えばこのふたりが発表した『Blurred Lines』が全く売れなかったとしたら、 訴訟は起きたのだろうか?

盗作だと主張する側はなにを考えて訴訟を起こしたのかはわからないが、確かにGaye氏は偉大で、ご家族からすればその偉大な先祖が残した遺作をねじ曲げられたように感じたのなら、訴訟を起こしたくなるのも分かる気がする。

 

だけど、Gaye氏が未だ健在だったら、訴訟を起こしただろうか?

 

きっと、みんな聞いていた音楽に、生きてきた環境に影響され、その中で音楽が生まれていく。

その中で感性は変化していく。

それは、どの時代に生きていても同じこと。

だから、”こんなイメージで音楽を作りたい”

これも、一つの感性ではないだろうか?

私たちは今、メディア時代に生きている。世界中の情報を簡単に仕入れることができる。

“これってカッコいいな!” と憧れを持つことはいけないことだろうか?

もっと昔、こんな便利に生きていなくても、音楽の偉人を見ていると、やはり、何かに憧れたり、どこかの文化を取り入れたり、そうして音楽が作られているように思う。

 

盗作のボーダーライン

 

盗作のボーダーライン。それは、“この曲を利用して一儲けしてやろう。”

この気持ちが、盗作を決定づける物だと思う。

Williams氏とThicke氏にこの気持ちはあったのだろうか?

なかったことを信じたいが、あっても訴訟を断固否定している限り、
ありましたと公に発言をすることはないだろう。

個人的には、二人とも大好きなアーティストだから、
“なかった”ということにして、二人を援護したい(笑)

そして、プライドの問題だと思う。

一ミュージシャンとして、盗作をしてお金を稼ぐということの恥ずかしさを知っているかどうかということ。

ここではないだろうか?

 

自分でしかできない曲だと誇りを持つという事

 

どんなに偉人でも、みんなやはり人間。造りは同じ。

100人いて100人の感性があっても、どうしてもそこから似ているものが作り出されることは否めないのではないだろうか?

誰にどこを突かれようと、

“この曲は自分でしか作れない曲だ!”

そう胸を張って言い切れる曲作りに励みたいものだ。