2015
08.29
human head with an interface icons

万人が共通だろうという思考と錯覚

BLOG

必要ない人にとっては無用の産物でしかない

 

知人のミュージシャンがこんなことを言っていた。

「インターネットから楽曲をダウンロードで購入?オレはそんなシステム好かんね」

ちなみにこの知人は昔気質の現役ミュージシャンである。
ただし、この知人、自分の作品は楽曲ではなく、CDとして自身のサイトで販売はしている。

要するにインターネットはライブ告知、宣伝等では利用するが、ダウンロード販売に限っては楽曲を1曲ごとで販売することに非常に抵抗を感じているのである。例えば彼らはアルバムトータルで考えているため、「バラ売り」、「量り売り」には難色を示すわけだ。

 

自分の周りの四十代、五十代のアーティストたちは得てしてこういった人たちが非常に多いのは確かで、昨今のストリーム配信など「なにそれ?」といった感じである。

 

iStock_000002114424_Small

(image : iStock)

 

何度も言うが、日本は欧米と比較してもネットを利用してのダウンロード販売、ストリーム配信などは完全に後進国だ。おそらく欧米と肩を並べるに至るまでこれから何年かかるかわかったものではない。

 

日本にはこだわるアーティストはそれこそ山ほど存在しており、全てのアーティストがネットを多用していると思っては大間違いということだ。

その点が欧米との差なのかもしれない。柔軟性がないといえばそれまでだが…。

 

誰もがメディアに誘導されているわけではない

 

先日、ちょっとした集まりの場で自分がライターとして仕事をしている身として、執筆しているサイトの宣伝を兼ねて紹介したところ、「凄いねー」と称賛されたのだが、問題はその後だ。

 

「私、まだガラケーでWEBとか殆ど見ないんだよね」とか、

 

「パソコン持ってないんだわ」といった返事が返って来た。

 

そう、誰も彼もがスマホを操りパソコンを駆使しているという暗黙たる了解、これが勘違いである。

いくら世の中の流れがそうなっているからといって、万人がそうだとは決して限らないということを改めて知ることになった。

 

 

HiRes (5)

(image : iStock)

 

そこで自分の周囲の音楽通、そしてアーティストたち約10人に聞いてまわってみると、なんとネットからダウンロードで音楽を購入したことがあるという人間は皆無であった。もちろん、音楽を聴かないわけでは当然ないわけで、皆、CD、または中古レコードを買い漁るようないわゆる音楽マニアだ。

 

これがジェネレーションギャップというやつか…。と思うのだが、よくよく考えてみれば彼らは何も間違っていないわけで、自分にとって必要ないものを所持する義務はどこにもないのだ。むしろ、彼らにしてみればパソコンもスマホも余計なモノとなるのである。維持費だって馬鹿にならない。

 

今ではどこの職場でも、どんな仕事でもパソコンを一切使わないということはまず無いだろう。しかし、人間が作り出した機械に奔放され始め、いつしかプライベートにも侵食し始める。人間が管理する機械にいつの間にか管理されている人間たち。果たしてどのくらいの人が気づいているだろうか…。

 

確かにインターネットは便利である。便利だと思っているうちはまだ大丈夫なのだろう。

だが、個人的にインターネットを多用し始めてからの弊害も出てきている。

それは圧倒的に読書量が減った、文字を書かなくなった、などである。

ペンを持つと違和感を感じるようになってしまい、ペンを持つ手が震える。そのうちペンの握り方さえも忘れてしまうのだろうか…。

そのくせ打ち込むパスワードの数は増えて行く一方だ。

 

能面のような人間たち

 

テリー・ギリアム監督の1985年のイギリス映画「未来世紀ブラジル」という作品に出て来る全体的になんとも言えないモノトーンな世界。無表情にタイプライターを叩く労働者たちが現代社会とダブって見える。

 

51jAWVKxm8L (1)

(image : amazon)

 

余談だが、劇中に出て来る「非合法のダクト修理人」役のロバート・デ・ニーロが絶妙なキャラクターを演じているので彼を見るだけでも必見の映画である。