2016
06.28
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【INTERVIEW】フミノ 師・鈴木博文の傍で解く、セルフ“モザイク”

INTERVIEW, RELEASE, VIDEO

僕は、初めて耳に『モザイク』を触れさせた時の、あの“研ぎ澄まさせようとする力”が未だに感触として残っている。

3次元で鳴っているとは考えづらい、半物質的世界のモノとも言えるフミノの音群は、すべて彼女の孤独から創られたそうだ。強くて、傷ついていて、優しい言葉と歌―それらがメトロトロン主宰・鈴木博文氏によって見出され、彼女の通った『音学校』での恩師でもあるゴンドウトモヒコ氏の手も加わり、ナチュラルで新鮮すぎる現代ポピュラー音源が完成。それが今回のデビュー作『モザイク』だ。

恐らく、本作は彼女の可能性をあらゆる角度から模索され創られたことが想像できるが、仕上がりのどれもが無二であることに、まず驚く。そしてなぜかそれを探ろうとする程に、彼女が離れていくような感覚さえ覚えてしまう。フミノは一体何者で、これほどまでの才能を持ちながら、今まで何処で何をしていたのだろうか…。

インタビューは『モザイク』が主にレコーディングされた鈴木博文氏の湾岸スタジオで行われた。この日彼女は、投げかけられたど直球の質問のひとつひとつを両手で受け止めては、脳内で蠢めく膨大な語群の中から時間をかけて丁寧に言葉を選びとって、そっと返してくれていた。そのフミノの様子を軟らかに見守る鈴木博文氏― 時折鈴木氏にいたずらをしてみせる彼女の笑顔を指差しては、これが作品に隠された素顔だよ、と僕に教えてくれていた。それらが意味する深さに、僕は密かに胸を熱くした。

音楽の匠によって丁寧に育まれた新たな才能がデビューを飾る瞬間をどうか見逃さないでほしい。

 

Photo / 田中サユカ

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——フミノさんは名古屋で生まれたんですよね。小さい頃はどんな曲を?

 

フミノ 童謡がたくさん入ったカセットをよく聴いていました。「ぞうさん」とか「金魚のひるね」とか、そういう普通の童謡がたくさん入った全集のようなものです。母が家事をしながらかけるラジオも好きでした。

 

——自分で買ったりした音楽は?

 

フミノ それは中学に入った頃。それまで家にあるオーディオは上にレコード、下にカセットとかラジオとかが付いているステレオしかなくて。CDは世の中に普及してたけど、友達からカセットに録音してもらったものしか聴けなかったんです。曲も流行ってる歌とかで。

 

——どんな曲をテープに落としてもらっていたんですか?

 

フミノ うーん…安室奈美恵とか…(笑)小室ファミリーの人々のが多かった記憶…

 

——当時は誰が好きでした?

 

フミノ うーん…やっぱり安室ちゃんが好きでした。

 

——もしかして、ファッションも?

 

フミノ いや、それは全然!でも中学の時はそんなにいろんな音楽とかを聴いたりしてなくて、テレビっこでもなかったから話題についていける方でもないんですけど…あ…TMレボリューションのファンになりました(笑)。

 

——それは、例の“包帯の人”ですね?

 

フミノ そう(笑)。仲が良いいとこがTMレボリューションのファンで、一緒に聴いてるうちに感化された感じです。だから、本当に音楽に触れて育ったわけじゃないんです。高校生の頃は…もっと聴いてないです。

 

——代わりにどんなことに興味がありましたか?

 

フミノ 本は好きだけどそんなにいっぱい読めてる方では全然なくて、好きなのを何回も読んだりする程度でした。当時のことは…正直あんまり覚えてないです。高校は途中で辞めちゃったんです。

 

博文 高校に行っていないんだよね?

 

フミノ そうなんです。その前から中学も不登校でそんなに行けてなくて…特に何があるっていうことでもないんですけど、だんだん外へ出て行くのが辛くなっていって、高校で完全に外へ出なくなりました。

 

——お家の中にずっといたんですか?学校以外のどこかには行かなかった?

 

フミノ 一歩も出ませんでした。

 

——じゃあ、それからは一人の中の世界がずっと広がっていたんですね。

 

フミノ そうです…ね。もともと一人が好きでしたけど。

 

——音楽をやってみようと思ったことはありましたか?

 

フミノ 表現したいっていう気持ちは小さい頃からあって。ずっとぼんやりした悲しさや虚しさとかを形にしたかった。絵を描いたり作ったりするのが好きで、はじめはずっと色や形として見えていました。だから最初はそっちかなと思っていた。でも声に関して、すごく執着があって。違和感でしかなかったんです。

 

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——いつ頃から外出するようになったんですか?

 

フミノ 20歳くらいに少しそういう気が起きたかな。外に出る理由が今までなかったけど、家にいる理由も、もうなくなってきてた…。その頃だんだん「言葉」っていう存在が私の中で大きく育っていって、色や形の描きかたを変えていった。

文字が入っているものが捨てられなくて部屋が大変なことになっていたんです。

ただ文字とか詩みたいなものとかを、ノートや紙切れなんかに書いたり、こそこそ声をテープに吹き込んだりとかしていたんですけど、まだ音楽にちゃんと繋がっていなかったと思います。

 

——どこかで音楽をやる理由を探していたんでしょうか?

 

フミノ そうですね。私にとって音楽は必然だ、と言うことが出来ないんですけど、確かな理由をいつも探していました。音楽は常に自分の中に流れているものではあったんです。

とにかく考えてしまって動けなかった。そんな時に菊地成孔さんの演奏しているジャズのスタンダードを聴いて「ああ、やっぱり音楽がやりたい。」って思ったんです。理由よりも。

 

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——菊地さんの演奏に出会ったのはフミノさんが何歳くらいでしたか?

 

博文 名古屋にいるときだよね?

 

フミノ そう。だからやっぱり20歳くらいかな。8年くらい引きこもっていて、そこから音楽をちゃんとやるってなった。なんとか母について外へ出て行って、名古屋の栄っていう賑やかな町の大きな本屋さんで、音楽の本を持っていったお小遣いでバッと買ったんです。でも全然よくわからないから、「それならばいっそ行ってしまえ!」と親に頼み込んで、菊地さんのところに音楽理論を月に回、一年間学びに行きました。

 

博文 東京まで通っていたの?

 

フミノ はい。この時も学校以外は家から全く出ることがない生活だったので、体力が全然なくて。だから、行きはこだまっていう新幹線に乗って、帰りだけ夜行バスで通っていました。…学校がある日は胃が痛くてしょうがなかった(笑)。チケットを取っちゃってるから乗らないとどうにもならない!って自分に言いながら、結局一度も休まずに行きました。

その後、名古屋で個人の音楽教室で作曲を教えてもらって、バイトを頑張ってお金を貯めて、東京に出てきました。

 

博文 いろんなバイトをしてるんだよね。

 

フミノ いろいろと言っても、2つです(笑)。家の近くのスーパーで、野菜をカットして包む…。その後は病院の入院患者さんのテレビとか冷蔵庫とかがついている台の清掃とメンテナンス。いきなり動き出したので相当キツかった…

 

博文 引きこもりだったのが突然そうなるっていうのはどうして何だろうね?菊地くんの音楽?

 

フミノ それは本当に一つのキッカケ。まあ色々あったりなかったりです(笑)。とはいえ全ては自分の中だけでの話なので、経験に基づく物語が全くないのが弱みです(笑)。

 

——こうして伺っていると、その一人で向き合う長い時間が今のこの作品を作っているのだなあ、とつくづく思いますね。言葉とも音ともとれる抽象性にしてもおおきな魅力の一つですし。

 

フミノ リアルなものに触れていないので。それが私にとってのリアルではありますけども…全部がごっちゃになっているんですね。

 

——例えば、今作の「せんせい」という曲ですが、せんせいが目の前にいると思って聴くと、生々しいような歌にも聞こえるし、回想しようとすると無垢な透明感が出る。聞き手の想像力を空間的に解放してくれます。

 

博文 歌っている時はね、目の前にせんせい(ゴンドウトモヒコ)がいたよね(笑)。

 

一同笑

 

フミノ  いやいやいや(笑)。すぐ全ての話をそういう方向へもっていこうとするんですよ!

 

——名古屋から東京に出てきたのは?

 

フミノ 「名古屋ででもできるよ」って言われていたんですけど、うまく想像できなくて。一度離れてみたい気持ちもありましたし。決心したら早かった。家を探し始めてから2週間経たないうちに東京へ来ました。今月末でちょうど2年が経ちます。

東京に来てから暫くは何もしていない状態で、路上でのライブなど聞きに行ったりしては「私にはできない…」て悩んだりしていました。そんな時に何か活動しないとと思ってはじめたツイッターで、牧村(憲一)先生の「音学校」の募集が流れてきて。どこかに学びに行こうと思っていたので、「これだな!」って思って、行き始めました。それが10月が開講。そこからの…

 

——今回の作品にたどり着いた。博文さんと会ったのもこの学校がきっかけですね。

 

フミノ これがキッカケですね。

 

——はじめはゴンドウさんのスタジオで歌われたとか?

 

フミノ そうですね。表題曲の「モザイク」という歌は、音学校の実践ということで録りました。

 

——それを博文さんが下北沢の居酒屋で聞いてしまった。

 

博文 無理矢理聞かされたんだよなぁ(笑)。

 

フミノ えーっ(笑)!

 

——その時はフミノさんも一緒にいたんですね。

 

フミノ 皆さんの輪の中に一緒に入らせていただいていて…そこで、聞いていただきました。

 

博文 優河ちゃんにライヴを手伝ってもらったことがあったんだよね。その時に優河ちゃんが「いい居酒屋がある」とか言って、ね。

 

フミノ そうです。優河を聴きに行ったんです。やっぱり音学校で出会った大好きなシンガーソングライターなんですけど。その日に博文さんのライヴを観て「めっちゃカッケー!」と思って。その時は、博文さんと作品を創っていただくことにはなるとは…!

 

博文 俺がナンパしたのはいつだっけ?

 

フミノ もう少し後ですね(笑)。ひとつずつやれる事をやってみようとライブに出ていた日に、ちょうど博文さんが「他にも曲があったら聞いてみたい」って連絡をくださったんです。

それでCDRにまとめて歌詞を印刷して、ここ(湾岸スタジオ)に初めて訪れたんです。それが1年前の今頃。

 

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——プロデュースはゴンドウさんとお二人だというクレジットですが、概ねここ湾岸スタジオで博文さんと作品を創作を進めてこられたんですね。

 

フミノ そうですね。湾岸はよく来ました。

 

博文 CDRにまとめられたのは『モザイク』の半分くらいだよね。「照ル」とかは違うんでしょ?

 

フミノ 「照ル」と「人魚」と「滞空時間」…は名古屋。

 

博文 約1/3は名古屋だね。

 

フミノ 「loop」は東京でチマチマ音を入れたやつを…

 

博文 iPhoneのガレージバンド(アプリ)で録ったヤツね。

 

——お!これは、湾岸スタジオ初、ですか?

 

博文 初、ですね。なかなか新しい(笑)。

 

フミノ 本当に…デモにも達していない感じで…声も、電話に喋るみたいにヒソヒソ録りました(笑)。

 

博文 ゴンドウ君は最後に締めてくれた感じだね。

 

フミノ ずっと気にしていてくださってて。

 

——ゴンドウさんは音学校では講師もされていますよね。フミノさんにとっては先生でもある。

 

博文 「せんせい」っていう歌があるもんね。

 

フミノ いやいや…だからそういうことではないです(笑)。何も作れないよー!

 

一同笑

 

——こうして初めての作品『モザイク』が完成されたのですね。

 

博文 絶対できると思わなかった(笑)。

 

フミノ 本当にもう…(笑)。

 

——博文さんは、初めてフミノさんの曲を聴いた時、カーネーションを思い出したそうですね。これはものすごいことです。

 

博文 まあ、場所っていうのもあるかもしれないけどね(笑)。声と歌詞かな。喋っているのと作品とでは全然雰囲気が違うでしょう?

 

——そうですね。

 

フミノ あ…でも普段はもうちょっと…

 

博文 怒った時はちょっとまた違うんだよね。なんだっけ…「マジ?」って(笑)。

 

——もの静かな印象ですが、怒ったりもするんですか?

 

博文 怒るっていうよりも、感情の起伏がある。

 

——さっきは「かっけー!」なんて、言っていましたしね!ジャケ写を決める時は一言も喋らないで、どれにするか指しただけだったとか。

 

フミノ えっ…ちょっと喋ったような記憶はあるんですけどね…声が届いてないんですね、いつも…あと感情や言葉になるのが遅いのでみんなについていけないんです。

 

——ライヴではMCもされるわけですか?

 

博文 すごい緊張感(笑)。歌ってる時はいいんだけど、「どうすればいいんだろう…」って思っているうちに「次に行くしかない」って感じかな?でも、いっそのこと、喋らないっていう手もあるよ。

 

フミノ なんとか喋れるようにとは思っているんですけどね。でも、喋れる時もあるんです。

 

博文 そういえば、喋る時はずっと喋ってるよな。

 

フミノ …気力の問題、かな。声が全然届かないから、途中で心が折れちゃう…この前もリハーサルの後にみんなで居酒屋に行ったんですけど、ガヤガヤしたところだとものすごく頑張って喋っても掻き消されるので結局諦めることになっちゃう。

 

——詞を書くときは?

 

フミノ 何かの前とかに思いつくことが多いから、そうすると芋づる式にばーっと書きたい文字が出てきて、それで…結構遅刻しちゃったりする(笑)。

 

——これは喋らない以上に意外かもしれない(笑)。

 

博文 それで遅刻してたのか!本当に遅刻の常習犯だからね。

 

フミノ 体が動くと心も動くのか出掛ける前になると雑然とあったものがプチプチプチ…って繋がっちゃって。でも、バイトは全く遅刻したことはないです(笑)。

 

博文 偉そうに言うな(笑)!

 

一同笑

 

——ところで「ムラサキ」はどういうプロセスで作られたんですか?あの衝撃といったらなかった!

 

博文 あれはほとんどiPhoneよ。

 

フミノ ガレージバンド。

 

——ええー!これもですか

 

フミノ 「ムラサキ」が一番最後に出来た曲です。

 

博文 あれを聞いてゴンドウ君の力がみなぎった(笑)。

 

——先ほどからフミノさんの声が小さいことが話題になっていますけど、音域だけでなく声量の幅も利いているから、逆に歌い手として鍛えられているのかと思いましたよ。

 

フミノ 全くないけど、1年前に比べたらだいぶ…

 

博文 深夜のホットケーキのせいじゃないの?

 

フミノ …結構食べちゃう…(笑)。身体っていうのが私の歌の中では大きな一つのテーマなんですけど、身体の感じ方が上京してからだいぶ変わりました。全部が「感覚」でしかないんです。例えば「声」っていうのは体から出ているものだけど、私にはその感覚がなかったんです。もっと観念的なものだったんですけど、それがここ1~2年で、遅ればせながら大人になったきた(笑)。だから、歌もちょっとずつ変わっているはず。

 

——博文さんから見たフミノさんは、1年前から変わったと思いますか?変わっていない、も有りですけども。

 

博文 感情を素直に出してくれるようになったね。前は何を言ってるかわからなかった。曲の説明を聞いても全くわからない。詩の内容とかさ、「これ、どういう意味なの?」って訊くのはすごく無粋な話でしょ?何とか味わおうと思うんだけどね。書いた詩に対して「これ、違うんじゃない?」って言ったことはないでしょ?

 

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フミノ そうですね。

 

博文 言葉は本人しかわからない。歌って人に伝わるにはサウンドで補助すればいいしね。

 

——詞が本当に奥深い。例えば「モザイク」は男女の歌に聞こえますけども、そう聞いた場合、例えば「失えることを知って」というフレーズひとつにかなりのパワーがあると思うんです。

 

フミノ 人に会わないことは、失えるものがないっていうことで、私は失えるものがなかったんです。失えるものがないっていうことは得られるものがない。それでずっと生きてきたので、失った後のことよりも「何もかも有るけど何も無い。ということしか無い」世界を表現したかったんだと思います。でも、そう受け取っていただいても嬉しいです。同じことだと思います。

 

——なるほど確かに!…しかし特にこの最後のフレーズも耳に残るなあ…

 

 

撮影場所/湾岸スタジオ

 

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【リリース情報】

アルバム:モザイク

アーティスト:フミノ

リリース日:2016.06.22

価格:¥2,000+税

 

 

 

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