2016
07.29
photo by Yasuhiro Ohara_middle

冨田勲の功績とサンプリングされた有名な楽曲の数々について

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冨田勲とは?

「現代のシンセサイザーの父」として知られる冨田勲。二〇一六年の五月五日に亡くなられました。彼の功績については必ずしも世界的に知られているわけではありません。しかし電子音の採用やサンプリングの活用を基調とするアメリカのブラックミュージックやヒップホップにおいてはイサオ・スズキは誰もが知っているアーティストでした。今回はそんな鈴木勲の代表作を簡単に紹介しつつ、彼がブラックミュージックやヒップホップとどのように関わってきたのか、その特異な足跡を辿ってみたいと思います。

現代のシンセサイザー作曲の父として

シンセサイザーと呼ばれる楽器。誰もが知っている名前ではありますが、七十年代にある程度高額を支払ってやっと好事家たちが手に入れ出すまでは、あくまで電子的に音を作り出すにはどうすればいいかを試す技術者のための実験用マシーンでした。

あらかじめ内蔵されたプリセットされている楽器の音や効果音を出す機械がキーボードだとすれば、シンセサイザーとはまさに語源通り(synthese=統合する)、音波の周波数や波形や減衰速度の組み合わせを自分でプログラミングして音を独自に作成することができる機械です。これを用いて苦労して作り出されたのが1975年にアメリカより発売されたアルバム”Snowflakes Are Dancing”(雪片は踊る)でした。

このアルバムはドビュッシーの楽曲をシンセサイザーを駆使して編曲しなおしたものでした。だれも聴いたことのない合成されて作り出された音や波長が神秘的な世界を作り出したイサオ・スズキの楽曲は、日本ではレコードの契約先さえ見つからなかったにも関わらず、グラミーに四部門もエントリーされるほどの高い評価をえて世界的にヒットしました。

このアルバムにインスパイアされたと語るアーティストとして一緒にジョイントライブを行ったスティービー・ワンダーやマイケル・ジャクソンなどがあげられます。

http://www.latimes.com/entertainment/music/la-et-ms-isao-tomita-stevie-wonder-20160509-snap-htmlstory.html (英語ですが、こちらの記事が参考になります)

富田のシンセサイザー捜査中にキーボードを弾くマイケル・ジャクソン)

“Snowflakes Are Dancing”は何よりも誰も聴いたことのない音と音像環境を生み出した実験的名盤としてリリースから五十年ほど経った今日でも世界中で高く評価されてます。

サンプリングの素材として

冨田勲の楽曲がブラックミュージックに更なる貢献を果たし、そして影響を与えたのは彼の楽曲がアメリカのラップシーンにおける様々な名曲にサンプリングされ出してからです。

たとえば”Snowflakes Are Dancing”に収録されたClair de lune(「月の光」)はジェイ・ディラがプロデュースしたディラ自身のグループSlum Villageの名曲Climaxにサンプリングされてます。またフライング・ロータスのBus StopやビギーことThe Notorious B.I.G.のGet Your Grind Onも同曲をサンプルネタにしてます。

あるいは冨田のAranjuezが同じくディラによって非常に象徴的なTomitaという曲に変身させられている一方で、全世界を震撼させた冨田の記念碑的アルバムのタイトル曲であるSnowflakes are Dancingを用いてカニエ・ウェストは非常にアグレッシブなで印象的なBlood On The Leavesを生み出しました。

こうしたサンプリングはあくまで一部で、富田の作品を音源のソースとして楽曲を作ることはヒップホップにおいては一つの伝統と化しているほどです。それほどまでに冨田がクリエイトした音の地平は先進的ものであって、今でもアーティストたちに愛好され続けています。

冨田勲の拓いた世界

たとえ若者たちがイサオ・トミタこと冨田勲の名前を聴いたことがなかったとしても、ここまで挙げてきた曲や楽曲制作者たちの作品はもちろん聴いているあはずです。そして冨田勲の音にインスパイアされたミュージシャンとしてスティービィーワンダーやマイケルを入れるとするならば、たとえ世界中の人がその名前を知らなかったとしてもイサオ・トミタは音楽愛好者たちの耳の救世主として七十年代以降の音楽の世界と歴史に多大な貢献を果たしてきたことは間違いありません。彼の死は人類の音楽における大きな損出ですが、彼が文字通りクリエイティブした電子音楽の地平は今でも私たちの前に広大に開けており、いつでも刺激的な音と発想、そして2010年代の現在においてはほんの少しだけ哀愁をもった響きによって人々の耳を魅了し続けるはずです。