2016
10.26
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イーサ・デイヴィス『サムシング・エルス』 – 10編の珠玉のストーリーと純然たる音楽の勝利 –

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イーサ・デイヴィスは才女だ。ピューリッツァー賞にノミネートされた劇作家であり、ブロードウェイの舞台に立つ女優でもあるが、僕とっての彼女は、やはり『サムシング・エルス』という秀作を作ったシンガーソングライターということになる。

イーサがミュージシャンとしても得難い存在であることは、『サムシング・エルス』の最初のピアノ・タッチだけでわかる。深い響きがあり、物語の始まりを告げている。つづく「私のような女に会ったことはある?」という歌詞は、永遠の謎を秘めた問いかけだ。自信と不安が滲み出る。物語の重要な要素だ。彼女は何かを打ち明けようとしているのだろうか?隠された秘密を暴こうとしているのだろうか?僕らは息をのみ、耳を傾けることになる。最初のピアノ・タッチだけで。

古代の寓話のようなタイトルをもつ「40ムーンズ」。クールな知性が光るフォーキーなソウル・ナンバー「パーフェクト」。そして「カム・オン」では「あなた自身をちょうだい。試してみましょう」と誘いかけてくる。ここまでの流れは完璧だ。しかし、歌は次第に哀しみを帯びるようになる。このアルバムの主人公は、誰よりも深く求めてしまうが故に、何も得ることができない。気がつけば誰もいない部屋でピアノの前に座っている。ちょうどジャケットのイラストのように。それでも、彼女は自分自身に語りかける。「アイ・アム・サムシング・エルス(私は特別なもの)」と。その凛とした美しさに胸を打たれる。そして、アルバムは清流のような「アイ・シー・マイ・ビューティー・イン・ユー」で幕を閉じる。彼女が愛する人の中に映った自分を美しいと思えたとき、音楽は穏やかな空気に包まれる。ここで初めて僕らは彼女がもう孤独ではないことを知るのだ。

イーサの音楽に通底しているのは、ソウルとジャズの薫りだ。同時に、胸の奥に隠された激しい感情を理性的にコントロールしようとするあたりは、シンガーソングライター的な資質と言える。彼女の歌は初期のジョニ・ミッチェルのようであり、ニーナ・シモンのようであり、ガーシュインなどの名作曲家たちがもっていた気品も感じさせる。ここに収められた10編はどれも気高く美しい。音の響きのひとつひとつが、言葉のもつ有機的な連なりが、すべて彼女の心の有り様と密接に結びついている。

 

『サムシング・エルス』は、サンドフィッシュ・レコードがリリースした2枚目のCDであり、最もよく売れた作品のひとつだ。しかし、発売した2007年の暮れから翌年にかけて、どういうわけかCDショップではほとんど売れなかった。僕は精力的に各店舗を回り、足を運べない店には資料を送付し、どうにかしてイーサを売り込もうとした。けれど、反応はどこも芳しくなかった。いくつかのセレクト・ショップではよく売れたが、大手CDショップだとディスプレイがついたのは1店舗のみ。試聴機に入れてくれた店は多かったけど、力を入れて売っていないのは明らかだった(僅か数店舗を除いては)。数ヶ月後、10枚出荷した横浜の某店から9枚の返品があったときは、随分とがっかりしたものだった。

ところが、『サムシング・エルス』は思わぬ場所から火がついた。そこは「サウサリート」という湘南にある小さな音楽バーだった。そこのマスターが気に入って、店のお客さんに勧めたのがきっかけだった。すると、買ってくれたお客さんが他の人に勧めて…そんな連鎖がじわじわと広がっていった。ある夜、店を訪れると、カウンターに座っている全員が『サムシング・エルス』を持っていて驚いたことがあった。
その後、アマゾンを始めとするネット通販を中心に売上げを伸ばしていったが、結果的に定員10名ほどの小さなバーである「サウサリート」が、どこよりも『サムシング・エルス』をたくさん売ってくれた(3桁とまではいかなかったが、店の規模を考えると驚くべき枚数だった)。僕は痛快だった。これこそ音楽の純然たる勝利だと思った。仕掛けなど何もなかった。そこにあるのは音楽と、その音楽を愛した人達だけだった。他には何もなかったのだ。

 

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【リリース情報】

アルバム:『サムシング・エルス』(Something Else)


アーティスト:イーサ・デイヴィス(Eisa Davis)


価格:2,381円+税


ライナーノーツ:宮井 章裕


歌詞対訳:佐藤 幸恵

<購入・試聴>


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