2016
12.05
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ケヴィン・ケイン『ハウ・トゥ・ビルド・ア・ライトハウス』 – 記憶の片隅に残りつづける情景 –

ARTIST, BLOG, VIDEO

グレイプス・オブ・ラスというカナダのロック・バンドを覚えているだろうか。澄んだ空気感と哀愁を含んだメロディーが印象的なバンドで、1989年発表のサード・アルバム『ナウ&アゲイン』がプラチナ・ディスクを獲得する大ヒットを記録し、カナダ国内のみならずその名が知られるようになった。ケヴィン・ケインはそのバンドのソングライターであり、ギタリストであり、ヴォーカリストだった人だ。

 

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ケヴィン・ケインの歌を聴くと、僕は窓に貼り付いた雨粒を思い出す。それには理由があって、僕が初めてケヴィンの歌を聴いたのが、そんな小雨が降る朝だったからだ。その日、僕は友人のアパートにいた。朝になって目を覚ますと、前日の夜から降り出した細かい雨が、音もたてずに窓を濡らしつづけていた。薄暗い部屋。ビールの空き缶。煙草の灰皿。週刊誌。壁に飾られたポスター。友人の寝息。床にまるまった毛布。そして、窓に貼り付いた無数の雨粒。僕はテーブルに置かれたCDを手に取り、少し図々しいかなと思いつつ、音量を絞って聴いたのだった。そんななんてことない情景が、音楽と結びつくことで、いつまでも僕の記憶の片隅に残りつづけている。

 

 

『ハウ・トゥ・ビルド・ア・ライトハウス』を聴いたのは、それから18年がたってからだった。オープニングの「ラスト・トゥ・ノウ」が流れた瞬間、あの日の情景が蘇ってきたのは、ちょっとした驚きだったし、しばらく目を閉じてしまうほどに感動的でもあった。「サムバディ・ニーズ・ア・ハグ」、「クローサー」、「ナッシング・レフト」、「スプートニク」。アルバムにはケヴィンらしい優しくて美しいメロディーがいくつも収録されていた。同時に、もう18年前とは違うのだということも伝わってきた。積み重ねてきた歳月が、音楽に色濃く反映されていた。ケヴィンがこのアルバムで歌っているのは、閉塞したこの世界で人知れずもがいている僕らひとりひとりのことだった。歌詞を読むと、どの歌にもケヴィンの心の葛藤が見て取れた。それは窓に貼り付いた記憶の中の雨粒のように、けっして消えることはないのだろうと思った。それでもケヴィン・ケインは、夢のようなメロディーを紡ぐ。メランコリックなギターを弾く。それをやめようとはしない。そのことが僕の胸を打った。音も立てずに。そして、前に進んで行くことの切なさを、またひとつ学んだような気がしたのだった。

 

 

ケヴィン・ケインの歌を聴くたび、僕はあの朝のあの部屋に立ち返る。そこには友人がいて、僕がいる。その友人とは仲違いをし、今では連絡を取り合うこともない。でも、僕は彼のことが嫌いじゃないし、おそらく彼も似たようなものだと思う。ただ、もう確かめることはできないから、こんな風に思い出すのかもしれない。それはそれで構わない。何も思い出さないよりは、ずっといい。

 

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【リリース情報】

アルバム:ハウ・トゥ・ビルド・ア・ライトハウス(How to Build a Lighthouse)

アーティスト:ケヴィン・ケイン(Kevin Kane)

価格:2,286円+税


ライナーノーツ:宮井 章裕


歌詞対訳:佐藤 幸恵

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