2017
01.02
Vector sketch of the walking teenagers.

【BLOG】新年早々、俺が国内のタイアップ文化に絶望した話

BLOG

日本のポピュラー音楽において誰が著作権を持っているのか、をみなさんはご存知だろうか?
もしここで正解を言い当てる一般リスナーが大多数であるなら、日本の音楽業界やリスナーの現状はぼくが思うほど悲観する状況ではない。しかし実際は間違ってしまう人がほとんどだと思う。

日本において著作権を持っているのは音楽出版社である。上の質問で作詞作曲者と答えていた人はあながち間違いではない。

新たな楽曲が生まれた段階では作詞作曲者が持っている著作権。それはプロモーション(宣伝)のためにミュージックパブリッシャーとも呼ばれる彼らに契約に基づいて譲渡される。その理由は作詞作曲者個人の力ではプロモーションの範囲が限られるからで、専門的にその分野を担当しているだけあって個人の力では到底無理な範囲まで楽曲はプロモーションされていくことになる。ここまでは海外でも当たり前に行われていることだ。

 

Ilustraci?n de tres j?venes interraciales usando tecnolog?a.

 

当然彼らはプロモーションするにあたってどこに働きかけることが1番良い結果を生むのか考える。そのターゲットは音楽と相性が良く、できる限り規模の大きなマスメディアだ。そう、テレビ局である。
テレビ局(CMに関しては広告代理店)にしてみても映像と音楽の相性が良いことはわかっているので不利益な話ではない。そうして音楽出版社とテレビ局はこれまで蜜月の関係を築いてきた。やがてテレビ局は自身で音楽出版社を持つようになる。ここが日本の音楽業界における病巣だ。

 

テレビ局も例外なくJASRACに使用料を払い、そこから50%が音楽出版社に支払われる。テレビ局からすると自社グループの音楽出版社が権利を持つ楽曲を使えば使用料の50%がグループに戻ってくる寸法だ。これを使わない手はない。
その結果、テレビでは自社グループの音楽出版社が権利を持つ楽曲が多く放送に乗る事態になり、プッシュされる楽曲に不自然なバイアスがかかっていくことになる。みなさんも少し思い返せば思い当たる節があると思う。数年前のK-POPブームや、握手券アイドル、レコード大賞をお金で買うグループなど、ひどいものから軽いものまで枚挙に暇がない。極端に商業路線に傾いた音楽もその一部だ。
やがてテレビ放送はそういった音楽に牛耳られてしまった。

積極的に情報を仕入れてきたリスナーは他にも情報の入手ルートがあるので心配はないかもしれない。しかし日本のリスナーの大部分はそうではなかった。テレビ局と音楽出版社が結託している構造によって意図的に作り出されたブームを正面から受け入れてしまった。
こういった構造は北米やヨーロッパなどのポピュラー音楽先進国では見受けられないようだ。それらの地域ではタイアップも商業的すぎて好まれない傾向にある。タイアップ文化が市場と大きな関わりを見せるのも日本独特と言えるようだ。

例えば2016年12月洋楽チャートを賑わしているweeknd。彼の来歴を見てもタイアップになっていたのは映画『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』の主題歌になった『Earned It』くらいである。ぼくはこの映画を観たのだが、商業主義がありありと伝わるような内容ではなかった。その点をとっても日本のタイアップとは一線を画すと言える。もちろんまさに今ヒットしている『Starboy』には目に付くようなタイアップはない。それでも巨大なマーケットで1位が取れるのだ。
比較のために日本の例もひとつ。2016年11月度のシングル1位はAKB48の『ハイテンション』。こちらはNTVドラマ『キャバすか学園』の主題歌になっている。これまでメジャーレーベルで出した46作のシングルの中でタイアップがつかなかったものはひとつもない。これが日本と欧米のタイアップにおける致命的な価値観の差だ。

 

Background with abstract retro grunge speech bubbles.

ぼくは常々音楽市場における三者であるリスナー、構造、ミュージシャンのどれかが危機感を持たないとこの状況が変わらないと訴えている。利権にまみれた音楽市場の構造が変わることは正直難しい。商業路線のミュージシャンが危機感を持って野に下るのが先か、はたまたリスナーの思考や耳が成長するのが先か。どちらにしても現状日本の音楽業界は絶望的な状況だ。