2017
07.26
Bible with tablet and coffee in a wooded table..

珈琲と音楽〈1〉“ブルボン種”と“マリ・ウィルソン”

ARTIST, BLOG

僕が最初に音楽にのめり込んだはっきりとした自覚があるのは、地味にハイカラな祖父がラジオからセレクトしたセルフ・コンピレーションテープをもらった頃だった。それらは邦楽と洋楽のバージョンに分かれており、洋楽部門ではティファニーやジョージ・マイケル、マイケル・ジャクソンが、邦楽部門では斉藤由貴の「卒業」と菊池桃子の「卒業」が同じテープに入っていて、親の運転する車の後部座席で聴きながら 「断然、ぶりっ子じゃないこっちの歌の方が好きだ」などと、よく生意気を言ったものである(今も大して成長していない)。

まさか、その源流にあるのが「パイドパイパーハウス」だったとは。そこは1975年から1989年の間に東京は青山に栄えたレコードの名店で、この店関連の話になると多くの年配の音楽通が胸を熱くして語り出す。当時のオーナー・長門芳郎さんが自ら仕入れた世界中のポップミュージックは、はっぴいえんどやムーンライダーズ、シュガーベイブやピチカートファイヴといった日本を代表するアーティスト達に刺激を与え続けたのだという。その時代に戻れるのなら訪れてみたかった、と今となっては思いを馳せるほか術がない。

 

 

その「パイドパイパーハウス」は現在、渋谷タワーレコード内で限定復活を遂げており、当時からマドンナ的存在であったイギリスの歌姫 マリ・ウィルソンの最新作『POP DELUXE』が5月31日、店頭に並んだのである。

僕は当時のパイドパイパーハウスとはご縁がなかったが、時を経てその温もりをたっぷり含んだポピュラリティーの深みにハマった。届いて再生をした瞬間に、祖父がくれたカセットテープから現在までが瞬間的につながったのだった。ダスティ・スプリングフィールズのカバーまで、なんて愛おしいんだ、マリ・ウィルソン。

 

 

それは僕の好きなコーヒー豆にも似ていた。湘南のボロい焙煎屋の店主が命がけで仕入れ、一生をかけて煎っているといってもいい“魂の豆”のことだ。それはブラジルにあるナカオさんという日系ブラジル人の農夫が作ったブルボン種のこと。極度の流行(ハヤリ)嫌いだという店主に最大限の敬意を込めて、残念ながらこれ以上は申し上げられない。

フランスがイエメンから苗を譲り受け、植民地時代にブラジルへ持ち込んだとされるコーヒーノキ“ブルボン種”は、まるでカカオのような甘い香りが魅力的で、まろやかな味わいと上品な苦味の黄金比は昼夜シーンを問わず僕を香ばしい楽園へと誘ってくれる。今年は虫食いで仕入れ10~15%は使い物にならないほどの出来の悪さというが、とはいえ中深煎りで焙煎されたソレを中粗挽きで濃いめに、かつ丁寧にドリップ、アロマと味わいを広げながら少量ずつ味わえば、奇跡の出会いが約束されているのである。生豆のポテンシャルだけで品質を決めてしまう昨今の流行「サードウェーブ」では知り得ないような、シンプルな感動を得ることができるのだ。それはマリ・ウィルソンにも通じるものがあった。

 

コーヒーカウンターコラム

 

僕にとって、あのボロい焙煎屋はまさに珈琲の「パイドパイパーハウス」だろう。珈琲にしろ音楽にしろ、ファッションやスタイルと完全に切り離すことは不可能だが、温度管理や湿度管理のされた自家焙煎豆の真価を追求するように音楽とも付き合っていたい、そう呟きたい2017年の初夏であった。

 

文 / 田中 サユカ