2017
10.04
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【レポ】渥美二郎、演歌道50年「僕は本当に幸せもんです。」

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歌手の渥美二郎が、10月4日に東京・浅草公会堂にて「演歌道50年記念コンサート」を開催した。

 

渥美二郎は、16歳で演歌師(流し)を始めてから今年で50年という節目の年を迎えている。5月にはその記念曲として、自身が作曲した新曲「涙色のタンゴ」(作詩:桜井幸介作曲:千寿二郎)を発売し、好調なセールスを続けている。そんな中行われた今回のコンサートは、演歌道50年の集大成ともいえるステージ構成で、演歌師当時にリクエストの多かった懐メロを加えるなど、趣向を凝らしたものになっている。前半の第一部は渥美のギターとコンガでのシンプルな構成となっており、第二部はオーケストラでの豪華なステージで行われた。

 

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開演前の囲み取材に応えた渥美は「昨年はデビュー40周年で、今年は演歌道50年。16歳で演歌師“流し”を始めてから今年でちょうど50年。今回は初めての試みでギターだけで全編29曲、歌い切ってみようかなと、演歌師・渥美二郎を楽しんでいただこうかなと、ギターと歌を特訓いたしました。最後まで頑張りたいと思います。」と意気込みを語ると、「あらためて振り返るとあっという間。流しをやっていた当時がほんのちょっと前のような気がする。一番好きなことを50年、うたうことしか出来ない僕がその歌で50年生きてこれたというのはすごくありがたいなとつくづく思います。60歳を過ぎてから、自分の身体に流れている血を感じる。歌っているときがすごく幸せなハッピーな気持ちになる。それは父親が演歌師では母親がクラブ歌手だった。演歌師とクラブ歌手の血なんだというのが、つくづく沁みて、これは完璧な遺伝なのかなと。無条件理屈抜きで歌っているときが幸せだありがたいなと感じる。その血液のままの仕事をさせてもらっている。ハッピーだと思います。」と話した。また、流し時代の思い出を聞かれると「流しを始めた16歳の頃はできない曲ばかりあって、お客さんによく怒られて、次に覚えてお客さんにその話をすると、そんなふれあいで馴染みになっていただいたりして。お客様が先生でもあって、喜んでもらえると嬉しい。その感動が今も同じ。流しの頃の1対1の気持ちで今でも歌っています。16歳の頃、当時、相場が3曲200円。大卒初任給が25,000円程度のときに一日4,000円から5,000円稼いでいた。」と明かした。

 

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コンサート本編、渥美は黒のスーツで自身のオリジナル曲「千住ブルース」をギター一本の弾き語りで登場。「ようこそいらっしゃいました。渥美二郎です。今日は皆様、今日は貴重なお時間の中をお運びいただきましてありがとうございます。こういうスタイルで北千住で流しを始めて50年が経とうとしております。16歳で始めましたから、50年というと年が分かりやすいです。この50年の節目のコンサートということで、コンサートでは初めてですが、一部のステージをたっぷりとギターで聴いていただきたいと思います。」と挨拶すると、演歌師時代によく演奏したという懐メロの数々を、ギターとコンガで披露した。

 

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前半第一部を全29曲で折り返すと、後半は白のジャケットと黒のパンツに着換えて登場。最新曲「涙色のタンゴ」でスタートすると、「釜山港へ帰れ」「夢追い酒」など、自身のヒット曲を中心に歌唱する。「僕は本当に幸せもんです。皆さんのおかげで幸せを感じさせていただいております。大勢の皆さんにお越しいただいて、本当に嬉しいです。本当にありがとうございました。これからもどんどんどんどん修行して頑張っていきたいと思います。最後に平成に新しい大人のタンゴをと思って作った曲です。みなさん、気に入ったら歌ってください。」と語ると、本編のラストは再度、最新曲「涙色のタンゴ」をピアノを弾きながら披露した。最後はアンコールで「がんを患った平成元年にベッドの上で作った曲があります。一生一度の人生だから大切に生きようという歌です。」と語り、「なみだの花」を歌い上げ、全13曲、合計42曲で、昼夜公演の2,000名を沸かせた。