2018
09.05

【INTERVIEW】mabanua「アーティストは自分に対して自然体を心がけた方がいい」

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2018年もまだまだ振り返るには早いことはわかっていながらも、言わせてください。ホーム“Ovall”の再開があり、これは更に彼にとって非常に意味深い年になるのではないかと予想せずにはいられない。そう感じたのは6年ぶり・通算3枚目のソロワーク『Blurred』が、予想だにしない アルバム だと言える仕上がりだったからです。

2000年初頭から急成長を遂げた国内のニューチャプター勢の中でも革命児的な存在感を放つ音楽家 mabanuaが、他にはない独自のベクトルを示した本作『Blurred』における日本語歌詞と太くも浮遊する チルなサウンドプロダクション。その有機性はトラックを送る度に説得力を増していて、プレイヤー出身のトラックメイカーである彼が算出した今の“回答”として提示するには十分すぎる代物ではないでしょうか。

今“最も求められているはずの男”が、誰に振り回されることなく制作したプライベートなサウンドがここにあります。誰に振り回されることなく語ってくれた言葉が以下にあります。どうぞご一読ください。

取材・文・撮影=田中サユカ

 

 

——早速今作も日本語の歌詞で、かなり新鮮な印象を受けました。そこに至るまでにどういった経験をされて、どんなことを思ったのか、まずはその自然な流れを聞かせてください。

 

Ovallの曲とかでもそういうのが多かったんですけど、散々英語で歌ってきたし、割とカッコ良いサウンドに英語を載せるのは簡単なんですよね。雰囲気がすぐ出来上がっちゃうというか。おしゃれなサウンドにおしゃれな英語を乗せて「良いですね」「気持ちいいですね」で終わっちゃって、その先の意味みたいなものが伝え切れていないような気がしてきた。ただ昼下がりに聴いて気持ちが良い音楽を作っているつもりは自分としてはなかったので、だとしたときに、日本語で歌ってみるのはどうなんだろうって思った。

昨年から弾き語りのライブなんかを少しづつやるようになって、自分がネイティブじゃないっていうのもあるんですけど、お客さんが5~10人くらいっていう小さな所で英語で1時間歌うっていうのは結構ハードルが高いんですよね。それが日本語になることによって「日本語って強いな」って思うようになったのも理由です。日本語は意味が伝わりすぎちゃうっていう要素は、ウチら洋楽っぽい事をやっている人間からするとデメリットでもあるんですけど、そこを出さないようにする作り方をすれば、バンドでもできるし、弾き語りで洋楽に興味がないお客さんでも何かしら受け取って帰ってもらえると思って、日本語にしてみたんですよ。

 

 

——今回はアジカンの後藤さんに作詞を依頼されましたね。

 

Gotchさんは僕とは逆で、彼がこの前出したソロアルバムは、日本語で歌っていたところに英語の曲を増やした人なんですよ。だからお互いが(逆の立ち場から)日本語と英語の良い部分や不利な部分を知っているんじゃないかって思った。

洋楽っぽいサウンドを作っているときに、言葉の切れぎわ(「~したい」とか「~しよう」)が、メロディによって英語っぽく聞こえるか日本語っぽく聞こえるかに変わってくるんですよ。だから、結構メロディの終わり側で「この人は日本語をうまく使っているな」とか「この人は日本語じゃなくて英語で歌えば良いのにな」とか思ったりすることが多い。

Gotchさんはその辺の処理の仕方がうまい気がしてお願いしたら、実際そうでした。だから、Gotchさんにはリクエストするまでもなく「洋楽っぽいオケにハマるように英語っぽく日本語詞を書いて欲しいんでしょ?」って言われたから「よくご存知で!」って感じでしたね。

 

——ということは、今回は日本語で歌うことを前提にしたから日本のアーティストさんに声をかけたっていう解釈をしても良いですか?

 

そうですね。しかも日本語の処理がうまい人。サウンドに合わせて描き方を変えられる人。

 

——mabanuaさんは普段からいろんな人をプロデュースされていますけども、その中で他に「この人は日本語の処理がうまいな」っていうアーティストはいますか?

 

Charaさんですね。Charaさんは自分が音楽で食っていけるようになったきっかけを作ってくれたような人。Charaさんの歌詞を見ていると、全体を見ても意味がはっきりしないこともあるけど、そのわからなさが良いっていうか。

 

 

「会いたい」とか「愛してる」とか、直接的にはっきりと伝えるのが割とJ-POPだったりするじゃないですか。でもCharaさんって、サウンドの中に時々出てくる日本語のニュアンスみたいなものがすごく耳に残る。(歌詞を読んでも)全体的な意味がそんなにわからなくても「こういうストーリーなんじゃないか?」とか「こういうことを伝えたいんじゃないか?」とか、聞く側を妄想に掻き立てる不思議な力がCharaさんにはあるんですよね。

このアルバムのタイトル『Blurred』にも通じていて、自分がその領域に行っているとはまだ思っていないですけど、そういう日本語詞を書きたいと思ったんですよ。

 

——確かに、mabanuaさんの日本語の詞は断片的ではあるけどもインパクトが残る。そこが素敵ですよね。

 

ありがとうございます。でもそうですね“断片的”っていうのが良い表現かもしれないですね。

 

——ちなみに、今回参加されているCharaさんが歌われている詞は?

 

今回のCharaさんの詞は僕が「多分Charaさんだったらこんな詞を書くだろうな」っていうのをイメージして書いたんですよ。だからすごく贅沢というか。

 

——あのリズムは“Charaリズム”ですね。

 

そうですよね。あの曲にはエピソードがあって、元々はCharaさんに作っていた曲だったんですよ。それが色々あってお蔵入りになっちゃった。でもすごく個人的に気に入っている曲だったから、なんとかして世に出したいと思っていて、そしたら自分のアルバムに入れるしかない!って思った。

それでCharaさんに「ごめんなさい、この曲は引き上げさせてください!」って言って、じゃあ誰に歌ってもらおうか、と考えたときにどう考えてもCharaさんしかいなかったんですよね。そこで「すみません、曲を引き上げさせてもらって申し訳ないんですけど、この曲を僕のアルバムに入れるので、Charaさんに歌ってもらえないですか?」って(笑)!そういう流れがある曲だったんですよ。

 

 

——もう一人、Achicoさんも歌っていますね。

 

AchicoさんはGotchさんのソロバンドからの付き合いで、ずっと一緒にやりたいねって話はしていたんですけど、Achicoさんに合う曲を試行錯誤していたら思いのほか時間がかかっちゃった。でも結果的にAchicoさんっぽい曲が作れたような気がします。Achicoさん、普段フワフワしているので、フワフワした曲が良いんじゃないかなって思って(笑)。

 

——尚且つ強さもあって。

 

そうですね。あの人は会うとほんわかしているんですけど、歌うと目がキリッと怖くなるんですよ。Achicoさんのそこのギャップが好きですね。

 

 

——Ovallが再開したことっていうのは、ご自身の音楽人生の中で大きく影響していますか?

 

そうですね。ドラマーとして参加しているのがOvall。ソロって、いかに録音物として自分のやりたいことを完成できるかっていうが大きいんですけど、Ovallではライブとして自分がフィジカルに何を伝えられるかっていうところだと思うんです。だからOvallがないと、ライブの良さみたいなものが楽しめなくなっちゃうな、と思いますね。

 

 

結局自分たちのやるべきことはこれ(Ovall)しかないんだなって思います。Ovallのファンの人の中には、正直他のことをやっていることが面白くないと思っている人も多いと思うんですけど、本職(Ovall)はないがしろにしちゃあいけないなって思いましたね。してたつもりももちろん無いんですけど。

 

——改めまして作品の全体的な印象としては、1stから聴き比べて良い意味での聴きやすさを感じました。

 

あんまり奇をてらったことをするつもりはなくて、だからと言って「長年のプロデューサー経験をふんだんに取り込みました!」っていうような感じにもしたくなかったんですよ。最初に言われたような「自然体で行きたい」っていう気持ちがあった。例えば1stを出してから10年が経つんですけど、その中でサポート、リミックス、プロデュースなんかで培ってきたものを一切使わないで作った、でも良かったんですよ本当は。それくらいの自然体で作りたかったんですよね。そうなると割と耳馴染みの良い感じに仕上がるのかな。売ろうとしたり無理に流行りを取り入れると奇抜な感じになっちゃうので、聴きにくかったり賞味期限の短い音楽になっちゃうのかな。

 

——ただ一方で現状としてmabanuaさんのサウンドがトレンドの一部になっているとも思うんですよね。周りもそう接するだろうし、そういった環境の中で自分らしく制作を続けるには?

 

最近本当によく思うんですけど、流行っているものって“流行り!”っていう感じで存在している感じが昔より増している感じがして、音楽も、かっこいい音楽はいっぱい出ているんですけど、結構目指しているカラーがみんな似ている気がする。最近だとトラップとかがそうですけど、みんなおんなじ音色とおんなじアプローチで作っている気がして、それってどうなのかな?みたいな。音楽を作って「〇〇っぽいね」とか「△△っぽいね」って言われるのが目標、みたいになっちゃっているサウンドがちょっと多いなあという気はしてますね。

 

 

自分ではトレンドを作っているつもりは全くなくて、音楽のスタイルってアーティストにとっては自然とそうなったくらいがちょうどよくて、逆にアーティストが変に流行っているものを取り入れようとしないほうがいいと思うんですよね。逆に世間が思っていないようなものを作り出した方がアーティストとしての存在意義があると思う。

だから、mabanuaが次のアルバムで日本語を歌うなんて誰も思っていなかったと思うし。各々で世の中が期待していることってあるとは思うんですけど、僕は逆に期待されるとそれをしたくなくなるんですよね。Twitterとかで「次は誰々とやってほしい」とか「次はこういうサウンドを作ってほしい」って書かれるんですけど、そういうことを言われちゃうともう…余計にやりたくなくなる(笑)。

 

——メロディやビートに加えて音の厚みを操作する方法論についても伺って良いですか?

 

ドラムをやっているとより感じるんですけど、音の強弱ってすごく難しいですよね。クラブミュージックって、ループが基本だったり、一定に持続するものがかっこいいとされている文化があるじゃないですか。特にハウスとかテクノとかミニマルは、そういうのが美学だと思うし、あんまり生演奏を入れ過ぎるのとその世界観が崩れちゃう可能性もありますよね。ミュージシャンって逆で、一定じゃつまらない。ジャズも、常に小さい音からいきなりでっかい音になったり、そういう「変化」が面白いわけじゃないですか。だからその両極端のバランスをうまくとることが大切だな、と思っています。

 

 

いつも心がけているのは、ループミュージックの気持ち良い部分にミュージシャン的な抑揚をどうしたら合わせられるか。それって、トラックメイクだけをやっているとわかりにくいから、トラックメイクの人も楽器を一つくらいはやった方が絶対良いと思いますよ。逆にミュージシャンの人も家に帰ったらトラック作りをやったらいいと思う。

 

——それはビートのズレ(揺らぎ)も?

 

それも似ているところがあって、クラブミュージックの場合、グリッドに沿った音の配置が多いと思うんですけど、人間は毎回タイミングを合わせられるとは限らないじゃないですか。ちょっとズレちゃうのが人間的で良くて。でもそれが多すぎると聴きづらくなるから、整頓されている部分とされていない部分、両方必要だと思うんですよね。そこも音のダイナミクスと同じ話で、ミュージシャン観点からするとどうしてもそこは整頓せずに有機的にしたいっていう部分は必ず出てくる。今はボタン一つで揺らぎも整頓できちゃう世の中だから、あえてそこは残して置きたいんですよね。

 

——作品が出来上がって少し時間が経っているかとは思うのですが、今mabanuaさんが一番やってみたいことや勉強したいことはありますか?

 

いろんなことにチャレンジしたい気持ちはあって、最近だとアニメ「メガロボクス」の劇伴はすごく楽しかったです。いつも自分に厳しすぎて反省する事が多いんですけど、久しぶりに「良い仕事が出来たって言っていいのかな…」っていう瞬間が得られた仕事だったんですね。映像に音楽をつけていく作業って、ヒットチャートともあまり関係がないし、仕事量は多いんですけど、実験的なこともできる。もう少しサウンドトラックの世界に足を踏み入れて行きたい気持ちがありますね、映画とかCMとかアニメとか。そのためにはさらに和声の勉強とか、そういう音楽的な理論をもっと勉強したいなと思っているところですね。

基本的には幅広く居たい。どの世界に行ってもまたビートはビートで作り続けていると思うので。

 

撮影協力=Weekend Garage Tokyo

 

 

【リリース情報】

アーティスト:mabanua

アルバム:Blurred

リリース日:2018/08/29

価格:通常盤¥2,500+税 / 限定盤¥3,000+税

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