2018
10.11

監督 坂口香津美×主演 黒沢あすか 映画「曙光」公開記念スペシャルインタビュー

ARTIST, INTERVIEW

私が映画に期待するには二種類あるように思います。一つは見終わった後に湧き出る感情、つまりはスカッとしたいとか深く悲しみ涙したいという感情を得られる期待。もう一つは、何が起きるかわからない一つの表現を体験してみたいという期待。坂口香津美監督の作品は、私の中では明らかに後者で、高揚もカタルシスも期待せず「無」で臨むことのできる希少な作品の一つであると思っています。

そう言った意味で2018年10月に公開される新作「曙光」も期待通りの作品でした。「自殺」という社会的なテーマを持ちながら、これまでステレオタイプに抱いていた自殺者へのイメージをも覆す、とんでもない力を持っています。

残酷極まりないはずの描写には坂口監督自らがダメージを受けた痕跡を感じ、その痛みが深い虚無感を生み出します。そしていつしか、私達は異なる正義をぶつけ合うために生まれてきたのかもしれない、それが魂を磨くという意味なのかもしれない…そんな前向きな結論に達したのです。

その中で、なんの装飾もない“真”の“演技”を強烈に見せてくれたのが主演の黒沢あすかさんでした。音もなし、まばゆい光もなし、未だ嘗てこんな汚い女優の泣き顔を映像で見たことがあったでしょうか。痛々しいまでの頑なで危うい“正義感”が、私の目に押し迫ってくるのです。

だから今回、この何者をも恐れない強い「魂のぶつかり合い」なる映画「曙光」をどうしてもご紹介したかった。そして製作したお二人にとって「曙光」はどんな存在なのか。

是非お読みください。

 

取材・写真・文=田中サユカ

 

 

黒沢 今回、坂口監督の作品に携わらせていただいて すごい!と思ったのは、音楽のないところですね。それにワンシーンごとの感性や拾ってくださる部分が、叙情的で。(例えば)自分の娘に似た女の子を救いに行くシーンで、監督は私たちに懐中電灯の灯りを「もっと動かしてくれ!」と仕切りに仰っていたけど、出来上がりを見てみると、それはまるで蛍が飛ぶかのように見えるんですよね。

 

——今回、主人公の文絵を演じる黒沢さんの演技を拝見して真っ先に伺いたかったのは、その迫り来るようなリアルな演技がどのようにして撮れたのだろうか、ということです。

 

黒沢 映画をリアルに撮ろうとすると失敗するんです。リアルに見えるようにするために日々演技の鍛錬が必要。それは、日々の生活をどれだけ誠実に生きるか。どれだけ今日という日を真剣に生きるか。その中で自分の感性に合った刺激物を取り入れて日々磨いて行くことが大事なんじゃないかなあ、と思いますね。ドキュメンタリーと映画の違うところでもありますね。坂口監督はそこをうまく融合していらっしゃる。海外のバイヤーの方や観客がそれを「坂口カラーだ。」と仰った。

 

坂口 映画を撮るときには主演女優も一緒になって映画の舵を切ってもらうんですけど、おそらく女優のほうも僕にあんまりいうと潰れちゃうからと、尊重してくださって、自分のギリギリのところで表現してくれていたのだと思います。僕はずっとテレビをやっていたんですけど、テレビっていうのは、ちょうど豆腐を作るみたいに型に入れ込んでいくんですね。しかしながら、型からこぼれ落ちてくる、溢れてくるものがある。だんだん、それを棄て去ることができなくなってきた。それがすごく大事に思えてきて、それを核にした作品を作ること、それが僕にとっての映画との出会いでした。

が番組で手持ちのカメラで映像を撮り始めた頃、1999年公開の「セレブレーション」っていうデンマークの映画を見て それは“ドグマ”っていう映画製作の「独自に打ち上げた規制」なんですけど、僕がやっている手法とほとんど全く同じで、愕然とするんですね。

 

——今作で映画的だと思ったシーンの一つは、森の中で静止するシーンです。

 

坂口 僕は猜疑心が強い。常に自分の中に未熟なものを感じていて、自信がない。その感情は主人公に委託されているんですね。だから僕の主人公は揺れ動く。映画そのものもね。僕の猜疑心は映画そのものにも及ぶ。映画がずっと回転していく事に猜疑心がある。スクリーンに没入している観客に、「もしもし、これは映画なんですよ!」と、ポンと肩をたたいてやりたくなる。所詮、映画なのだから疑ってみてねと(笑)。なかなか、理解してもらえない感覚かもしれませんが。

 

——また、音の使い方についても改めて考えさせられました。

 

坂口 一般的に映画っていうのはね、だいたい映像の弱いところに音楽をつけるんだよね。

音楽の力で、その弱さを何倍にも強くすることができる。

 

——泣けるところ、重要なシーンなどのガイド的な役割でもある?

 

黒沢 それはつまりテレビドラマを映画化するやり方が主ですよね。テレビでやってきたことを映画にする付加価値をつけたい。音楽をつける事によって映画を観ている特別感という“魔法”をかけることができる。

そして劇場から出てきたときにどれだけの人が語って広げてくれるかが、映画が成功したかどうか、だとも思うんです。でも、多くの人が評価してくれたから最高だというのもまた違う。観に行った方が責任を持ってくださるのが一番ありがたいかな。一人でもいい。「俺はここが好きなんだ!」って、熱を持って語ってくれたら、それは成功なんじゃないかなって思います。

それから、時代に合っていたかどうかって言うこと。そこに坂口監督が仰っていた「今、この作品を作りたいんだ」って言って、2015年5月に山北で撮影を始めたのがそれだったわけです。

 

——もっと前から自殺を題材にした映画の構想はおありだった?

 

坂口 僕の映画は、誰かから「作ってください」と言われて作ってるわけじゃあない。内なる自分がいて、それを作らないと次に進ませてくれない。それでせっせと、自力で作ることになる。

「曙光」を作った動機は二点ある。1990年当時、交際をしていた女性の部屋で彼女の元交際相手の男性が首を吊ったことですね。その部屋に彼女から電話で僕は呼び出された。部屋に行くと、宙に浮かぶ二本の足が見えた。警察に110番したら「降ろしなさい」と言われ、ふたりでその男性を床に下ろした。彼女とは二度と、会うことはなかったんですね。

僕はその時、自死した男に対してかける言葉を持っていなかった。

 

 

20年後の2010年7月、ドキュメンタリー番組の企画で、和歌山県の南紀白浜にある教会の牧師、藤藪庸一、亜由美さん夫妻を訪ねたとき、日常的に行われているある光景を見て驚愕し、不意に言葉が湧いてきた。自殺しようとしていて保護、救助された人たちが、そこでは今度は自殺しようとしている人を助けている……、という事実に目を見開かされた思いだった。

つまり、自殺するかしないか、という分岐点にいるとき、「自殺しない」という選択をしたなら、その先には「自殺しようとする人を助けること」さえもできるという可能性を自分という人間は秘めている。この事実を目の当たりにしたとき、僕は当時、自殺した男性にかけてやる言葉を見つけたと思った。それこそが、「自殺をすることは実にもったいない」という言葉だった。

 

——「もったいない」と言う言葉がとても腑に落ちました。例えばテレビドラマで自殺を取り上げた場合、「自殺はしてはいけないんだ」と言う強いメッセージが下地にあるからある意味わかりやすいんですけど、実際は「じゃあ、どうして自殺を止めるんだろう」「自殺を止めることが正義なのか」とか、そう言う「生きる意味」にまで深く掘り下げて考えることはなかなかない。

 

坂口 基本的に、テレビは視聴者全員に理解できるシンプルな言葉を使うメディアだから。広く浅く、ということには強大な力を発揮するけれど、テーマを深く掘り下げることには限界がある。僕にはそれは偽善でうすっぺらにしか見えない。自殺企図者は、深いところで、死ぬか、生きるかの選択をする。そこでは個々の意識は複雑に絡み合い、不条理にどぐろを巻き、混沌の極地にいるはずだ。そういう人間をどうやって救うのか。「曙光」の主人公の女性は娘を自殺で失っている。心に強い痛みを抱えながら、誰からも求められていないにも関わらず、自らの意志で自殺救助活動を行っている。この難役に、主演の黒沢さんは全身全霊で取り組まれた。

 

黒沢 バラ刷りの状態で台本をいただいた時、私が行き詰まりを感じていたから、私自身(黒沢あすか)が文絵さんに救ってもらいたいと思ったんです。それと同時に「人の役に立ちたい」という気持ちが私の中で膨らんでいたんです。

だから、文絵を私に重ね、或いは文絵の中に私を取り入れた。だから「黒沢あすか」じゃないですね。私という「個」の中で二人が交互に生きていた感覚があります。

でも、途中人を助けていながら「文絵、こんなに自分の感情を投げかけていたら相手も苦しいんじゃないの?なんでこんなに一生懸命すぎるんだろう…一生懸命って悪い事じゃない。でも、この世から去りたい人に対してあなたのその圧で迫っていったら、人は一歩も二歩も下がり、そのまま転落させてしまうかもしれない。でも、なぜ彼女は相手を追い詰めるほどに自殺救助者を助けていたのか…文絵は誰かに助けてもらいたかったんだろうな。

 

 

あの時から史江は、取り残された以上に自分の人生が終わったものだと感じたのかもしれない。自殺に追い込んだ相手を憎むしかない。娘と同じような人を救わなくちゃ!相手に投げかける言葉を自分にも投げかけて救ってきた。それは握り飯を食べるときも同じ。噛み締めて 噛み締めて、食べた。そんな風に、自然の空気を吸うのも苦しかったろうな…そう思っていました。ラストのあの日まで、ここ(喉)にいつも支えたものを持っていたまま生きていたんじゃないかなって。そしてやっと人を救うことがどういうことかがわかって、あの日からスタートラインに立ったんじゃないかなって、私は思ったんですね。

寝食をともにしながらも、周りの人たちが思っていることや状況が変化していく中で、志向が文絵寄りになって行った人たちの選択が果たして良かったのか、悪かったのか…そういうことからでも、色々と考えるきっかけになればいいなあ、と思います。

文絵が助けた人たちにもバックグラウンドがある。そこから何故その人がその時死を選ぼうとしたのか。言えないのは理由があるのか。自分に問題があったのか、世の中に問題があったのか。それぞれがそれぞれの人生の物差しがある中で、自殺を選んだ人がいる。その時、救いを差し伸べてくださる人がある。そういう人がいるからこそ人間が人間であるように生きていられる。そういった側面も伝えているんじゃないかな?

 

 

坂口 僕はこの映画を全編、一色の刷毛で塗っている。それはつまり「自殺をする」ということは「永遠に何者をも幸せにしない」「誰も救われない」ということ。希望があるんだけども、一般の人にとっては希望が足りなかったと思うかもしれない。それ以上に、刷毛で縫った色が鮮烈だから。

 

——クライマックスに登場する人っていうのも、当然可能性があるわけで・・

 

坂口 劇中に、「あなたを連れてくる(保護する)のに、私は躊躇している」っていうセリフがある。自殺企図者を保護する段階になって、でも、この人を連れて来たら、これまで主人公の女性が自らの家族や保護して来た元自殺企図者とともに築き上げてきた共同生活の日常がおびやかされるのでは、という危機意識を抱くというシーン。実際は、牧師夫妻も日々、自殺救助の現場で直面している課題の一つでもある。その課題を映像で見せることも今回、本作をドキュメンタリーではなく、フィクションにした理由。しかしながら、そのことで映画を観たひとは個々に複雑な思いを抱いて、劇場を後にすることになる。つまり、人はあらゆる人間を救えるわけではなく、救えない人もなかにはいるという生々しい現実を映画は突きつけるから。テレビの日常に慣れた人には衝撃で、戸惑い、中には嫌悪感さえ抱く人もいるのでは。テレビのように幸せをたくさん提供して欲しい、と望む人を本作は裏切るかもしれないから。しかし、自殺救助の現場ではそれは当たり前の日常で、現実の危うさや人を助けることへの覚悟はとても厳しいものがある。それを本作はフィクションで見せているにすぎない。

 

——それが“テレビから溢れる部分”ですね。

 

坂口 「自殺志願者はかわいそう、手を差し伸べなければならない」という面は当然あった上で、自殺志願者のなかにある「見たくないもの」も描くことも避けて通れない、映画の使命であると思う。

 

——救いようのないものではあるけれど、最後のワンシーンに多大な救いを感じました。

 

坂口 主人公の女性の握る「(おにぎりの)シーン」だけを記憶して、劇場を後にしてもらえればいいと思ってる(笑)。黙々と、彼女におにぎりを握らせているのは、彼女の自死した娘であり、これまで彼女が保護し、救助した自殺企図者であり、これから保護し、救助する未来の自殺企図者であると思う。そして何より、絶望にさらされても消えることのない、彼女自身のなかに湧き起こる使命感であり、それが彼女を突き動かしているのだと思う。

 

——連れて行く車中で、文絵さんと、文絵さんと気持ちが通った人の「気」がダイレクトに入った食べ物をはじめに食べさせるんですよね。例えるならそれはアンパンマンの顔を食べる感覚と似ていませんか?

 

黒沢 日本人独特の感性でしょうね、人を救うときに何かを与える…

 

坂口 文絵(黒沢さん)のおにぎりの握り方が美しい! その生活感があるのが嬉しいですね。

 

黒沢 だから、ちゃんと日々を過ごさないと!っていうことなんです。

 

——そうなんですよね。しかもラップで握ったおにぎりよりも母の手で握ったおにぎりが美味しい。この作品では特に食と生命が密接に描かれていますね。

 

 

黒沢 そうなんです。私も母の握ったおにぎりの味を覚えているんです。でも、自分で同じように作っても母の味にはならない。お母さんの中から特別な汁が出ているんじゃないか?というような味で、不思議と年に一回食べたくなるんですよね。お豆腐もね、手の上で刻みながらふみえの心を刻んで自分の人生を振り返っているんじゃないかなあ。寝食を共にすることがよかったのかどうか。でもとにかく文絵は一心不乱だった。生きるのに必死。

 

 

 


2018年10月6日

東京渋谷 アップリンク渋谷

以降、大阪シアターセブン・鹿児島ガーデンズシネマほか全国順次公開


曙光

監督:坂口香津美

主演:黒沢あすか

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