KIRINJIの13枚目のアルバム『愛をあるだけ、すべて』が6月13日にリリースされます。メジャーデビュー20周年を飾るフルアルバムでもある本作。早速拝聴すると、心魂を傾けるような歌詞の重みにまずは どきり としました。例えば後悔や焦りの言葉で描かれたリリックワークは、これまでの歩みの中で蓄積された膿をじわりと吐き出すようで、これが不思議と救われる趣でもあります。伺えばそんな深い意味はないよ、と言わんばかりのラフにお答えいただきましたが、私はそれでも僭越ながら“ソングライター・堀込高樹”としての心根として有難く受け止めていたいと思ってしまうのです。 また今作はバンド・KIRINJI 5周年という節目の作品でもあります。バンド“KIRINJI”として、またポップミュージック作品としてどう録音物化するのか…なるほど本作には歴としたkIRINJIサウンドの“2018年の気風”がぎっしりと詰まっています。皆さんはどう感じましたか? 取材・文・写真=田中サユカ ——まずは本作のタイトル「愛をあるだけ、すべて」ですが、KIRINJIのアルバムとタイトルとしてはかなり風変わりな印象を受けました。 堀込 これまでは「11」とか「3」とか、割とあっさりしたタイトルが多かった。そういうのではなくて、今回は目先を変えたいと思ったんですよね。それで、曲のタイトルからアルバムをつけるって言う方法もありますけど、今回は曲(#4「時間がない」)の歌詞の印象が強かったので、それに決めました。「愛をあるだけ、すべて」という言葉自体にコンセプチュアルな意味があるわけではないんです。 ——KIRINJIファンからみたら20周年の記念作と受け取る人も多いかと思います。 堀込 20周年っていうのはあまり気にしていなくて、バンド編成になって5年、という方が大きいですね。でも、30周年は流石にあるかどうかわからない。そういう意味で20年っていうのはちょうどいいのかもしれませんね(笑)?もちろん長く続けるつもりではいますけど。 ——「バンド」という選択をされてから改めて振り返ってみていかがですか? 堀込 去年はライブ本数は少なかったけど、最近ようやく気持ちの上でもしっくりくるようになりました。みんなはどうかわからないけど(笑)。 一同笑 堀込 みんなそれぞれ、他の現場でも仕事をしているけれど、バンドを組むっていうのはまた違うと思うんです。だから、今思えば結成当初はまだまだだったと思う。でも今年3月のビルボードでのライブは、コトリンゴが抜けて初めてのライブでしたけど、誰が欠けても自然に埋められるグループになった実感がありましたし、むしろ前よりも強力になった部分もあるんじゃないかな。 楠 確かに最初は女性が二人居るっていう趣向の面白さを感じるバンドは初めてだったし、すごく新鮮な気持ちでした。それに元々キリンジのサポートをしていたので、当初はサポートの延長っていう感覚があったかもしれない。装いは変わっても人間はいきなり変われるわけじゃないですしね。でも今はバンドの一員としてやれている楽しさがあります。 田村 サポートとして違和感なくやってこられましたけど、今は責任も取らなきゃいけなくなって… 楠 ステージでユニフォームを着たっていうのは大きかったかもね。 田村 フリフリのやつね、勇気を出して着ましたね(笑)。 弓木 私はみんなについていくのに必死だったので、クビにならなくてよかった!って… 一同笑 弓木 5年もやれたから、これからもっと頑張ろうって感じです。ついていけるか不安でした。 堀込 当初は結構、右も左もわからない感じだったよね。 弓木 そうですね。5年も続けてこられて嬉しいのと、メンバーの間でいろんな話ができるようになって、楽しくもなってきましたね。 千ヶ崎 「11」を作っていた時は頑張ってバンドになろうとしていました。サポートからバンドの一員になったものだから「何が変化したらバンドなんだろう」っていう、疑問のようなものもありつつ。 千ヶ崎 昨年末にコトリちゃんが辞めましたが、やっぱりメンバーの脱退はバンドにとっては試練なんですよね。でも、何年かかけて作り上げたアンサンブルなどのバランスが崩れたのを埋めて乗り越えて、自然体でのバンドになっていったと感じました。だから、今回の作品では言いたいことがあれば言うし、そこで余計な駆け引きのようなものもない。それに対して反論があっても自然にやりとりができた印象です。それはライブのリハでもそうでしたね。 ——5年の間には、制作の現場でも変化はありましたか? 堀込 以前は、ベーシックを外部のスタジオで録音して、そのあと僕の家に来てもらってダビングをしていたんですよね。でも、今はみんなでスタジオに入ってみんなで顔付き合わせて作品を作らなくても良い時代になった。今回はタイトなスケジュールで制作したこともあって、メンバーそれぞれで録音したデータを僕に送ってもらってまとめました。対面して録音すると僕が「ああしてくれ、こうしてくれ」と注文を言っちゃうわけですよね。そうすると僕の意見は反映されるけど、そうじゃなくて、僕が投げかけて返って来たものを僕が整理する方が、それぞれの意思みたいなものが反映されて良いんですよ。だから、KIRINJIのような特殊なグループにとっては、この作り方の方がカラーが出て良いんじゃないかな、とも思いましたね。もちろんベーシックは一緒にやりましたけどね。 千ヶ崎 今回は特にそうでしたね。でも、打ち込みが多いのに出来上がった音はバンドっぽいんですよね。歌は(堀込)高樹さんのパーソナリティが出ているように僕は感じます。特に歌詞ですね。 ——それは私も感じました。歌の生々しさが増しているようです。 千ヶ崎 そうなんですよね。バンドっぽさとシンガーソングライターとしての高樹さんが共存していて面白い感じだと思います。 堀込 あまり意識はしていないんですけど、歌詞の書き方としては、凝った比喩とかを使い出すと“上手いことを言う合戦”みたいになってくるわけですよ(笑)。年齢のせいなのかもしれないけど、そう言うのがだんだん嫌になって来た。さっと聴いてさっとわかるものの方が今は楽しいのかなって思いながら書きましたね。 ——今作も「今聴ける音楽」は意識されていますか? 堀込 そうですね。ポップミュージックだからその時に聴けないとダメだと思う。10年後に良いと言われるのもダメだし、10年前の音楽だと思われるのもがっかりだし。世の中にいろんな音楽がある中でのKIRINJIの音楽ですが、埋没したくもないし、遅れを取りたくない気持ちもあるんです。だからリズムの面やアレンジの面では現代的な響きになるように意識してミックスしました。 ——とくに後半のインスト曲「ペーパープレーン」と最後の「silver girl」が堀込さんの描く未来性を感じましたが? 堀込 インストは「あったほうがいいや」くらいの本当に軽い気持ちで作りはじめたんです。普段僕らはどうしてもメロディを中心にものを考えがちなんですよね。でも、メロディがなくても音楽は成立するじゃないですか。そう考えて作った曲です。あれはメロディと呼べるものがなくて、アルペジオがあってビートがあるだけのもの。アルペジオを使ったもので聴ける限界として2分くらいの長さにしました。この曲に明快なメロディがついてしまうと、もしかしたらすごくつまらないものになってしまうような気がする。今となってはこれにラップが乗っていたら面白かったなって思ったりもしています。 ——ラップと言えば、Charisma.comのいつかさんがラップで参加されています。 堀込 彼女のスタイルは王道のヒップホップとはまた違うもので、最近は結構いるのかもしれないけど、少し前までは彼女くらいしかいなかったと思います。あんまりオラオラしてないところが良いな、と思ってお願いしたんですけど、今回は彼女にとって普段彼女がやっている「Charisma.com」とはまた違った感じだったかもしれませんね。いわゆるお話があって情景があって…って言う制作を彼女はやってこなかったのかもしれない。 堀込 今回一緒に作ることになって「こういう曲でこういう世界観でやりたいんだけど」と説明して、上がってきたものに対してもどんどんリクエストしたから、彼女としては大変だったんじゃないかな。でも彼女は「どんどん直しますよー!」っていう感じで受け入れてくれるから、こっちも「じゃあ…」って、どんどんいっちゃった(笑)。僕はやりやすかったけど、彼女はどうだったかな(笑)? 一同笑 ——ゲストにはSANABAGUN.からお二人を招いていますね。こういった若い世代のプレイヤーを起用したのは意図があってのことですか? 堀込 いわゆるスタジオミュージシャンを呼べば話が早いんですけど、バンドの中のブラス隊ってそういうのとは違うムードがあると思うんですよね。今回はそういうのが欲しかったのでお願いしました。 ——個人的にはシンセサイザーを始め80年代のムードも感じましたが、実際に意識されたのはどういった点ですか? 堀込 今回はアルバムを作るにあたってエレクトロニクスを使うだろうなって思ってはいたんですよね。「機械に聞こえる、でもこれはやっぱり生だよね」っていうところに落とし込みたかった。だからキックの感じは打ち込みっぽく聞こえるけど、ハイハットやスネアはすごく生々しい感じになっていると思います。そういう感じに作るとシーケンスともすごく相性が良くて。ただ80年代の音は意識していなかったです。今回使っているのは基本的にソフトウェアのシンセサイザーなんですよ。その中でビンテージっぽいものも使っていますし、自分の好みも70年代のものとかが好きだからそれっぽくなりがちですけどね。 ——改めて伺っていると、作品を聴いた時に感じた重みよりとても軽い印象です。特に「愛」について… 堀込 そうですね。ポップソングにおいて「愛」って全然重いものじゃない。すごくカジュアルなものでしょ?多分ね。 ——この後は全国ツアーも控えています。前回のライブからどういった手応えがありましたか? 千ヶ崎 コトリちゃんが抜けで再出発だ!っていうのはないですね。彼女がいなくなった分、やることは増えましたけど、その時のバンドで一番良いと思われるサウンドを目指した感じです。 弓木 同じコーラスラインを歌っている曲が多かったので、その時に「コトリさんの声がないなあ」って思うことはありますが、でも皆さんが思うように、これからも今できるベストを尽くします。後は、この前のライブで千ヶ崎さんがコトリさんの立ち位置に来ていて、すごく新鮮でした(笑)。 千ヶ崎 そうだ!席替えがあったんですよ。それは最初恥ずかしかったんですけどね(笑)。 【リリース情報】 アーティスト:KIRINJI アルバム:愛をあるだけ、すべて リリース日:2018/06/13 価格:初回限定盤¥3,996(TAX …
【特集】考察・ミムラス内藤彰子 「SQUAME」
「ミムラス内藤彰子さん、今晩は。新しいアルバムができたみたいですね!ずっと待っていましたよ、ずっと。」 真夜中に僕は心を躍らせていた。何しろ彼女のフルアルバムが完成したのだから。ミムラス内藤彰子名義のアルバムは2015年8月以来となるわけだが、今作「SQUAME(スクエイム)」では自主レーベル「kwaz label」からリリースされる。友達に手作りの贈り物をプレゼントするようなノリで送ってくれた本作「SQUAME(スクエイム)」を聴いてすぐに、音楽家としてのミムラス内藤彰子に劇的な“何か”が起きたことを受け取った。 “鱗”を意味する本作は、彼女自身の怯懦な心を意味しているそうだ。例えば長く居座っていたインナーチャイルドを癒すために、あるいは目配せしがちな音楽マーケットで逞しく在るために。 重ねてきた立派な鱗を少しずつ、但し一枚残らず剥がすために出来た“決意”の作品でもあるようだ。 だから前作の「Fragement&waves」に見られるような、整頓されたポップスはどこにも見当たらず、むしろ本作を聴けば聴くほど、持ち前のメロディとハーモニーを嬉しそうに汚す彼女の笑顔が想像されることが、泣けるほど嬉しかった。 「前作をリリースした後も色々ありましたよ。自分らしくやろうと思ったら、離れていく人もいっぱいいた。でも、こうやって続けていくと残った人もいますよね。」 本作は、盟友・立井幹也(Dr.)、山中勇哉(Gt.)と千葉県の潮風漂うスタジオに篭り「SQUAME」の輪郭が塗られるように生まれた。 「HOSONOVA」を源流に感じるような、DIYの歪さやノイズの残るサウンド、ヴォーカルに身近な音を重ねた 素朴な情景づくりが特に印象的で、1曲目「新しい春が呼んでるーA NEW SPRING IS CALLING」では、その場にあるホウキで踊るがまま、音と同時に“楽しさ”という感情を重ねる自然な“手法”から、ミムラス内藤彰子らしい思い切りの良さが伺えて微笑ましい。一体、ここに到るまでに何があったというのか。 ミムラス内藤彰子は、物質的な仕組みの今世で長らく苦しみながら、ある日オランダへ2度も旅立った。そこで多様性にあふれた生活を受け入れた人々を目の当たりにして、ミムラス内藤彰子の覚醒が起きた。 —「もっとこうだったら良いのに」という添削をやめる代わりに、自分の音楽をただ突き詰めていく。こうして丁寧に出来た作品だから、一つ取材をしてもらおう、とも思える。これが“私”なんですよね— 本作では、英語詞曲1曲の他にオランダに住むシンガーのティム・トレファーズをゲストに迎えたオランダ語詞の歌も1曲収録されている。これまで日本語で歌ってきた彼女が言葉を変える理由は一つ、友愛の“証”だという。 歌詞の話題が出れば、ソングライティング自体にも触れておきたい。いつもながらのマイルドなポップワークにエモい歌詞。その中に隠し入れた彼女の太い芯のとおった“ロック”たる詩想には、極めて個人的な思いから成り立っていると感じ取り、信服する。しかも、これだけのポピュラー性でありながら、あざとさも凡庸性も押し付けがましさも感じさせない作品が他にあるだろうか。相当漁っても見つかるまい。 -朝も昼も夜も 私はすでに幸せだった- 最後にご紹介するのは本作10曲目「ALREDY」の一説。ミムラス内藤彰子は、2017年にして遂にこの言葉を拾った。 僕は、音楽を嗜む一人のファンとして、彼女の最新アルバム「SQUAME(スクエイム)」が、現在における彼女の最高傑作であると言い切りたいし、2017年に誕生した良作として正式にご紹介したいと思います。 ポップスは、赤裸々かつファッショナブルであるほど麗しき。 取材・文・写真 =田中サユカ 【リリース情報】 タイトル:SQUAME アーティスト:ミムラス内藤彰子 リリース日:2017/10/25 価格:¥2,000+税 レーベル:kwaz label
【INTERVIEW】秘密のミーニーズ、空白の3年間がもたらした“ゆらぎ”を前に語るもの。
テン年代もクライマックスを迎えようとしている2017年9月13日、若手サイケ・フォーク・バンド「秘密のミーニーズ」が、デビュー作にして“最高傑作”との呼び声高いフルアルバム「イッツ・ノー・シークレット」を遂にリリースする。 12弦ギターやペダルスティール、そしてオープンハーモニー。CSN&Yなどウエストコート・ロックへの最上級の敬意を表しての1stEP「おはなフェスタ」を経ての今作「イッツ・ノー・シークレット」は、リズムセクションやハーモニー、構成や歌詞の力配分、生々しさまでも複雑に絡めながらも、それをシンプルに楽しませてくれたことがとにかく嬉しかった。今回のインタビューでは、本作品についてはもちろんのこと、2014年のフジロック・ルーキー以降、これほどのバンドが何故影を潜めていたのかという疑問についてもたっぷりと語っていただいている。 戦争を知らない僕らの時代のサイケやフォークも、今懸命に生きる僕らのドアを確実にノックしている。いつ何が起きてもおかしく無い今日、この傑作の誕生を祝おう。 取材 ・文・写真 / 田中 サユカ 写真 / 渡辺たもつ(Vocal,Chorus,Guitar,Banjo,Pedal Steel,Mandolin) 菅野みち子(Vocal,Chorus,Guitar) ——前作から3年という月日が経ちましたが、色々とあったそうですね。 渡辺 そうですね。本来だったら月2回くらいでレコーディングができればよかったんですけど、レコーディングを始めた直後に自分が新潟に転勤することが決まって、新幹線代の捻出等に苦労してなかなかできなかったですね、それにベース(相本)も転勤になったり、プライベート面で色々重なった。 ——それは2015年のことですか? 渡辺 そうですね。でもそれもCDを作り始めてからのことで、それまでもメンバーが辞めたりして、一悶着あった。曲は出来ていたので、そういった諸々の事情がなければもっと早く出せていましたね。 ——存続するかしないか、にまで? 菅野 (渡辺)たもつさんが新潟に転勤になるくらいの時にありましたね。 渡辺 そうだね。それにもう一人のヴォーカル(淡路)のプライベートの関係で、これまで弾いていたベースを辞めてヴォーカルに専念することになった。彼が辞めちゃうと3声コーラスでなくなる。2声では立ち行かれない。 ——(秘密の)ミーニーズといえば3声っていうイメージですからね。 渡辺 自分たちが勝手に思っているだけかもしれないですけどね(笑)。それに淡路はメインボーカルでもあるので、後任を入れるのも難しい。どうするかな…と悩みましたね。 ——3年という時間はシーンもめまぐるしく変わっていくし、そんな中で個人の心境にも変化があったのではありませんか? 渡辺 これはお恥ずかしい話なんですけど、2014年にフジロックの“ROOKIE A GO GO”という大舞台に立てた時、これを足がかりにして飛躍していくつもりが、なかなか思うように発展できなかった。僕たちはフジロックが目標でもあったし、一度はシーンに認められたという感覚がスルッと抜けていって、メンバーのモチベーションをどこに持っていっていいかがわからなくなりました。地道に続けて行くのも良いと思うんですけど、そういったところでも意識のズレが生じたんです。 菅野 それでドラムの子も劇的にモチベーションが下がってしまって、そういう雰囲気が練習にも出てしまった。結局ドラムの子は辞めてしまって、新しくベース(相本)とドラム(高橋)が入ったんです。 渡辺 彼のラストが2014年の10月にあった池袋のライブ。その後すぐに新しいドラム(高橋)が入ってくれた。彼は慶応大学の「でらしね音楽企画」っていう、60、70年代ロック中心のサークルでドラムを叩いていて、共通の知り合いを通して知り合ったんですよね。すごく良いドラムを叩くヤツで、思い切って声をかけてみたら、思ったよりもずっとミーニーズの音にマッチした。 渡辺 というのも、前のドラムは技術的にも多才なヤツだったので、内心は「前のようにはならないだろうな」と心配もあったんですけど、(彼のドラムで)また全然違う方向性を見いだすことができた。アイツ(高橋)がいなかったらバンドの存続は難しかっただろうな、というくらい助けられました。 菅野 以前はパワフルでロックテイストだったかな、と思うんですけど、彼(高橋)はすごく柔軟性があるというか… 渡辺 (高橋は)すごく歌に寄り添うプレイをしてくれる。特に 菅野の作る曲に合うドラムを叩いてくれるよね。以前はまとまらなくてお蔵入りする曲も多かったんですけど、今はそのままライブで演れるところまで持っていけることが多くなった。それはベースの相本に関しても同じで、だから、みっちゃん(菅野)の作る曲に関しては、結構相本・高橋両氏に助けられている部分があるんじゃないかな。 ——「イッツ・ノー・シークレット」は、その新メンバーが加わって初のアルバムということでもありますね。今作の特徴としては、リズムセクションの幅広さは外せないと思うのですが、ゲストも招いたと? 渡辺 そうですね。今回はキーボードとパーカッションでお招きしました。パーカッションを演ってくれたのは僕の古い友人(高田慎平)で、ASA-CHANGにパーカッション(タブラ)を習ったり、リズム楽器にすごく造詣の深い人。彼に入ってもらったら面白くなるんじゃないかと思ってお願いしましたね。 キーボードの藤木(晃史)くんは、以前ライブで誘ってくれたバンド(芝居小屋)のピアニストで、彼の弾くピアノが好きだったし、昔の西海岸のロックってピアノが入ることが多い。そういう憧れもあって彼に弾いてもらいました。 ——前作はその西海岸のテイスト、つまり皆さんの憧れやそれによって培ってきたものを完全密封された作品、が逆に新鮮に映りました。今作は自分たちのバンドの表現作品として、整理して緻密に組み立てられた完全なるオリジナル作品だと感じましたね。1stアルバムにして、またバンドの代表作として説得力のある作品だと思いました。 渡辺 そうですね。前作は西海岸っていうフォーマットがあって、その手習いの範疇を大きく超えるものではなかったかもしれない。こういう音楽をあんまりやっている人がいなかったこともあって、コンセプトが優先されていたこともあった。 今回は菅野の作る曲が増えたから、手習い的なところを大きく広げることができた。菅野のヴォーカルも4曲。僕らはコンセプトありきで考えちゃう節があるけど、菅野はちゃんと自分の曲を書くシンガーソングライターなので、菅野の力に随分助けられましたね。 菅野 このバンドに入って、60〜70年代の音楽の影響を自然と受けるようになって、作る曲もみんなの好みに合うような曲を書くようになりました。歌っている声もちょっと渋めになってきたのかな。自分でも気づかないうちにそういう変化がありましたね。 ——今作の菅野さんのヴォーカルの引き出しが増えたのにもびっくりしますよね。無意識に変わっていったと言うけれど、自在に使い分けている? 菅野 Fairport Conventionとかをみんなで色々とカバーした時に、自然と影響されているのかな。 渡辺 今思えば、これまで菅野も窮屈だったと思うんですよね。知らずのうちに僕らが「こうあるべきだ」と言うところに押し込めようとしていた。でも菅野は自分のカラーを持っているから、菅野が僕らに合わせてくれていたんだと思うんです。さっきのFairport Conventionとかも、そう言うところからも自分の色として取り入れようとしてくれていたんですよね。 渡辺 だんだん僕らの視野も広がっていって、ガッチガチの60~70年代よりは、例えばWILCOとかの2000年代オルタナカントリーも青木さんの紹介で聴くようになった。お互いのストライクゾーンがやっとうまく混ざり合ってきたんじゃないですかね。 ——音楽的にしっかりと打ち解けたんですね。本来のスタート地点に立てた。 渡辺 それに、新しいメンバー(高橋と相本)は年下なので、菅野はイメージを伝えやすくなったんじゃないかな。前はみんな同期だし、すごく菅野は遠慮していた気がする。だから人間関係的にもより打ち解けた気がしますね。 菅野 (バンドを始めて)もう5年くらい経つんだね。確かに最初はお互いに言い合えない感じもあったんですけど、音楽関係のことに関してはあまり気にせず言えるようになりましたね。 ——良いチームですよね。そして本当に素敵なリーダーだ。 渡辺 メンバーが増えたから一歩引かないとアンサンブルが過剰になっちゃうところある。それでみんな一歩引くことを覚えたね。昔はクリームのインプロ合戦みたいにガンガン演っていたけどね(笑)。 菅野 そうだね、みんながそれぞれバンドの一部として考えるようになったのかもね。足し算というよりは引き算ができるようになったね。 一同笑 渡辺 クリームのメンバーも解散後はエゴを剥き出しの時期を経て溶け込むのが楽しいっていう時期を迎える。そう考えると僕らもある意味ロックの歴史を辿っているのかな(笑)。 ——今まさに話題に出たクリームなどの60-70年代のロックファンには馴染み深いであろう、インプロビゼーションが今回はインストとして3曲も収録されていますね。作品として収録するのはバンドとしても初めての試みですね。 …